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第5話 胃痛

Author: 山雨 鉄平
last update Last Updated: 2025-05-22 00:21:50

「さて、これからどうする?」

「えっ…」

「おぬしの自由じゃ。店に戻ってもよいがの… せっかく人生が一区切りついたんじゃ。新しい生き方を始めてみたらどうじゃ。

…ほれ、名刺とかいうやつを渡しておくから、困ったら連絡せい。知り合いに顔の広いの(※梅ケ谷のことである)がいるから、仕事先くらい見つけさせる」

九頭龍凛太郎は「株式会社ギャラクティカ 営業部 葛原凛太郎」と書かれた名刺を渡した。

「ちゃんと名乗っておらんかったの。儂はくずりゅ… ゴホン。葛原凛太郎じゃ」

「…よし。では、儂はこれで失礼するとしようかの。時間をとらせてすまなかったな。今日のことは、他言無用で頼むぞ」

「…はい!」

(誰にも言いません。葛原さんが仕事を抜け出してお店にいらしたことも、私を引き取ってくれたことも、私のストーカーをやっつけてくれたことも。それから…正体が龍ってことも。)

千沙都は、今日の一日で体験した盛りだくさんの人生アトラクションを一瞬のうちに脳内で整理すると、勢いよく返事をした。

「ぬしは、きらら、じゃったの。達者でな」

「いいえ」

「うん?」

「本当の名前は、千沙都っていいます。葛原さんには、一生のご恩ができました。絶対に絶対に、いつか恩返しさせてください…!」

「いや、その… そんなに気合いを入れんでもよいが… まぁ、幸せに暮らせよ」

 千沙都と別れたあと、九頭龍凛太郎は内心穏やかでなかった。

(虎熊が出てきたということは…《《あいつら》》もどこかに居るのか。まぁた討伐せんといかんのか、気が進まんなあ。生命力だけ儂に似おってからに…

 いかーん、考えてたら眠くなってきてしもうた…)

 ふと気が付くと、九頭龍から凛太郎の人格に戻っていた。凛太郎は特に今日の記憶があいまいだったが、サカリのついた九頭龍に仕事中に自我を奪われ、会社を抜け出して風俗店に行ったことだけは分かっていた。

「あ~ヤバい、やっちゃったよ… 会社に戻らなきゃ!!」

凛太郎は、どこの外回りをしていたことにしようか、必死に頭をめぐらせながら、歌舞伎町から西新宿にあるギャラクティカのオフィスに戻っていった。

 それから数週間が経過したある日の朝。ギャラクティカでは、フレックスタイム制が導入されているが、コアタイムである10時に簡単な朝礼があり、全体への報告事項などが共有される。ふた昔ほど前は社員の気合を入れるために朝礼のテンションが非常に高い企業が多かったであろうし、現在も朝礼の時はピリッとした空気になるという会社が大半だとは思う。しかしギャラクティカは社長の久田松があの通りの飾らない性格で、「あ、今日は特に共有すべきことはないので、今日も一日よろしくです~」と、朝礼が30秒程度、日によっては5秒で終わることも珍しくない。ついでに言えば|MTG《ミーティング》も恐ろしく少ない。ギャラクティカが自前で開発したチャットアプリのグループチャットで、進捗状況の確認を主にチームリーダーが行い、大きな問題があれば社長の久田松に報告することになっている。社内全体で何かミーティングをするという風潮はほとんどない。その代わり、新しいビジネスのアイデアの提案などは、ボーナスに上乗せされる賞金を懸けて、希望者がプレゼンを自発的に行う「社内プレゼン大会」が月1回開かれる。要するに朝礼の雰囲気がゆるい会社なのだ。

 今日は珍しく、久田松社長が前に立って何やら長めに話している。しかし、何を喋っているのか、内容が凛太郎の耳には全く入ってこなかった。自分が今、目にしている光景が俄《にわ》かに信じられず、それどころではないのである。朝が弱い凛太郎だが、眠い目も一気に覚めてしまった。隣では、営業部の先輩の若生《わこう》が、目をハートマークにして惚《ほう》けている。

「やべぇ… 新人の子、むちゃくちゃカワイイやんけ…!」

久田松社長が新入社員らしい女の子を紹介する。

「…えー、今日からパートで事務を手伝ってくれることになった勇《いさむ》さんです。初めて社会人を経験されるとのことなんで、みんな仲良くしてやってくださいねー。じゃ、勇さん、軽く自己紹介してくれる?」

「はい!勇《いさむ》 千沙都と申します。社会人経験は少ないんですけど、一生懸命仕事を覚えていきますので、どうか皆さんにたくさん色々なことを教えてほしいと思っています。頑張りますので、よろしくお願いします!」

一同、パチパチと拍手をした。その拍手に紛れて、挨拶の最後の一礼の後、顔を上げた千沙都は明らかに一人の方を見て微笑みかけた。そして、その視線の先に凛太郎がいることを、阿賀川七海は見逃さなかった。

「…?オイ、クズリン。あの子、こっち見てへんかったか?」

若生は相変わらず目がハートマークのままである。横では、総務の小畔美樹子が軽蔑の眼差しを向けている。

「そ、そうですかね… 気のせいだと思いますが…」

(そういえば、別れ際に名刺、渡してたんだっけ…)

凛太郎は九頭龍の行動を恨むと同時に、怪訝な顔をしている七海と視線がぶつかってしまい、あわてて目をそらした。女子に一番怪しまれるパターンである。

「…?怪しい…」

七海の、というか女のカンの鋭さは、絶対に馬鹿にしてはならない。

(はぁ… 先が思いやられる…)

凛太郎は胃がキリキリと痛みだした。

(つづく)

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  • クズ様と不夜城の住人たち:『告クズ』 Part 2   第3話 時代錯誤

    「ここにくれば女子《おなご》が抱けると聞いたんじゃが、間違いないか?遊郭も、随分と洋風になったもんじゃの」 若い華奢な男だが、見た目に反して老人のような言葉遣いで、その客は話した。「うふふ、面白いお客様ですね。きららと申します。今日はご指名ありがとうございます。お部屋までご案内しますね」2人は階段を上がって、豪華な内装の個室に到着する。「今日は、お仕事中にいらしたのですか?スーツ、似合ってますね。」「仕事が終わってから行くと、家にうるさいのがいるでの。外回りということにして、会社を抜けさせてもらった」「あ、ご結婚されてるんですか。」「夫婦ではないぞ。一緒の部屋で暮らしておるだけじゃ」「同棲されてるんですか。お客様みたいな格好いい人の彼女なら、さぞかしきれいな人なんでしょうね」「フフン、まあ、あれは上《じょう》モノじゃなぁ」「うふふ、そんな素敵な彼女さんがいるのに、遊びに来て下さって、ありがとうございます」「礼には及ばんぞ。気が変わったからのう」「え…?」「おぬし、なにか訳アリのようじゃの。儂の目は誤魔化せん。この仕事自体が嫌いというわけではなさそうじゃが」「え、えっと…」「隠しても無駄じゃぞ。人間の心を読むことくらい容易《たやす》いことよ… 少しばかり、急いだほうがよいのじゃろ?」千沙都は限界であった。必死にこらえていた涙が、意志と関係なくボロボロと零《こぼ》れ落ちる。「あれ、泣かせてしもうた」「…す…すみません…」「よいよい、もう今日おぬしを抱くのはやめにする」「いえ、大丈夫ですから… ごめんなさい…」「ウチのに知れると、あとで何を言われるか分からんしな」 (では、そもそもなぜこんなところに来たのであろうか、この龍は)「よし、詳しい話はあとじゃ。とりあえず身請《みう》けしよう」「…はい?」 千沙都はキョトンとしている。ミウケ?何のことだ?「いくら積めばよいかの。店の者と話せるか」 凛太郎は、勝手に部屋を出て1階のフロントに向かっていこうとした。「え?ちょっとお客様、困ります…!」♦ そこからの話は早かった。槌田店長がもともと千沙都が店を辞めることを覚悟していたからである。正直なところ、槌田は『身請けって… この客、マジか?江戸時代あたりからタイムスリップしてきたんじゃねーだろーな?いまどき店に金を払う

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